世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの「青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。
(前回の記事「 【イラン・イラク情勢】2カ国の違いとイランの危機を救った日本人はこちら)
中島:
歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。
青木:
お願いします。
中島:
イランとイラクの関係、シリーズ第2弾ということで、イランに1979年、革命が起こって、ホメイニさんという指導者が。ひとつだけ、革命が起こって、指導者というのと政治というのが、イランみたいな国というのはかなり宗教が政治と直結しているというところがあるんですよね。
青木:
政治と直結しているし、宗教が生活と直結をしているんですね。ここは日本人がもうひとつ理解できないところなので。
中島:
そうなんですよね。だから聖書が法律みたいなところがありますよね。
青木:
そうですね。イスラム教でいうとコーランね。それに対して僕らって日常生活をやるときに必ずしも1から10まで仏教の教えに従ってやってるわけじゃないですよね。生活なら生活、宗教は宗教。ところが、イスラム教とかユダヤ教とか、ああいう宗教を信仰してらっしゃる方々というのはおっしゃったように、コーランに書いてあることが我々の生活の指針。
中島:
そして法律に近いですよね。
青木:
そうです。イスラムの法律というのはコーランが基盤ですから。
中島:
「お酒を飲んじゃダメだよ」というふうに書いてあったら、お酒を飲んだら罰せられるということですもんね。
青木:
なんでダメかというと、コーランに書いてある。アッラーがそうおっしゃっていると。そういう世界なので、宗教的な指導者が政治的な力、あるいは人々を動かす大きな力を持つわけです。
中島:
ホメイニさんですよね。
青木:
はい。最高指導者です。結局革命が起こった。それによって前の政権を支えていたアメリカ、経済進出もアメリカはやって、一説にはイラン革命で10兆円以上の資産を失ったと言われるんです。半端じゃないですよね。
新しいイランの政権に対してはアメリカも反対。一方アメリカもサウジアラビアと同じようにこの革命の動きが他の中近東世界に広がっていくことを非常に怖れるわけ。
隣国のイラクですね。イラクにはフセインという独裁者がいるんです。彼自身イスラム教徒でスンナ派なんです。ところが前回申し上げたようにイラクには実はシーア派の人たちがたくさんいて。
中島:
南のほうにですね。
青木:
はい。ともすれば分離独立運動、これをやりがちなんですね。これをフセインは軍事力でもって抑え込む。
一方、南部のシーア派の人たちの独立運動、自立の運動をイランが支援している。だからイラクの大統領フセインとしては、もともとイランが嫌いだったんです。そのイランで革命が起こって、革命後に結構イランの状況って不安定になるんです。少数民族のクルド人の独立運動で動揺したり。
その革命後のイランの動揺を見たフセインが「ちょっと揉めてるよね、イラン。今だったら戦争やっても勝てるかもしれないね」って。特にイラク南部のシーア派に対するイランの影響力を遮断する大きなチャンスかもしれない。なおかつ地図を見ればわかるんですが、イラクってペルシャ湾への出口が細いんです。もうちょっと広げたいなと。そのためにはイランの領土をちょっと取りたいなと。今だったら勝てるだろうなというので1980年に、こういう言い方をするとあれだけど、軽い気持ちで、すぐ勝てるという楽観的な読みでもって戦争を始めちゃうんです。
中島:
イランイラク戦争ですね。
青木:
はい。1980年に始まりました。ところが戦争が始まるとイランの人たちが結束して、敵であるイラクと粘り強い戦いを展開することになるわけです。
中島:
僕が高校のときの社会の先生は何十年も続くだろうと言っていました。
青木:
結局8年間。双方がヘトヘトになるまで。
中島:
大変な話ですよね。
青木:
一説には毒ガスも使われたという話もあるし。ついでに言うとアメリカはどっちの側に立ったか、当然フセインの側に立ったわけですね。とりあえずアメリカにとっては敵の敵なので、イランにプレッシャーを与えるために毎年毎年巨額の軍事支援というのをイラクのフセイン政権に対してやったわけ。それが8年続いた結果どうなったか。イラクのフセイン大統領、というかイラクは中近東最大の軍事国家なるわけ。
中島:
すごい話なんですよ。アメリカの立場で言うと、アメリカはずっとイランに肩入れしてて、あーだこーだやってて、イランが革命が起こって言うことを聞かなくなったら、今度はその言うことを聞かないところを抑えられるイラクに今度は肩入れするということなんですよね。
青木:
そうです。さっき言ったようにフセインというモンスターを作ってしまった。すると「フセイン大丈夫か」という機運が隣国との間に生まれるわけ。
中島:
軍事力がものすごいことになりますからね。
青木:
そうそう。最新兵器で武装してますからね。そういったことがあって、一方イランイラク戦争は8年続くでしょ。双方とも勝利を得られぬまま戦争が終わるわけです。イラクに残ったのは総額200億ドルと言われる債務。借金は返さないかんとフセインは思ったわけです。借金返す方法はなにかというと、石油を売って儲けるしかない。ところが80年代の原油価格って、生産が過剰だったので、世界的に。価格が低迷してたんです。というのでフセインはどうしたかというと、OPECとOAPECで総会を開いてもらって、なかば土下座するように「すいません、減産してください」と。
中島:
価格を上げたいと。
青木:
そうそう。「値段が上がらないと我々借金返せないんです」と。フセインがそこまで頼むのを見てみんなOKしたわけです。ところが、クウェートとサウジアラビアがその約束を破るんですね。フセインとしては「約束が違うじゃないか」というのでクウェートに軍事侵攻をしてしまうわけ。
中島:
これが本当に、あの軍事侵攻のニュースというのは「あー、大変なことが始まった」という。僕も大人になっていたからというところはあるかもしれません。イランイラク戦争が8年続いて、中学校から高校になるぐらいのときに始まって、社会人になったときに「あー、やっと終わったか」って、ちょっと落ち着いたら「クウェートに侵攻しちゃったよ、イラクが」という。
青木:
1990年ですね。
中島:
これは大変な、またクウェートというのもちっちゃな国土なんですけれども、実はかなりやっぱり石油が出るところなんですね。
青木:
そしてその南側にはサウジアラビアがあって、サウジアラビアが中近東の中では唯一、最初からアメリカ資本でもって開発された油田がある。アメリカとしてもやっぱりサウジアラビアの利権を守らなくちゃならないというので、多国籍軍を組織して、クウェートに軍事侵攻したイラクに懲罰を与えると。1991年に湾岸戦争というのが起こるわけです。
ただこれがすごいなと思ったのは、結局アメリカを中心とする多国籍軍が戦争をやってフセインをやっつけるわけです。ただ、とどめを刺すまではしなかったんです、アメリカは。なぜかというと、とどめを刺したら、フセイン政権が完全に倒れちゃったら喜ぶのはイランだと。
中島:
それまではできないという。
青木:
そうそう。だから生殺し状態で戦争をやめるんですよ。さらに出撃基地がサウジアラビアだったんです。
中島:
モンスターを育ててる国がですよ、モンスターを育てた国がモンスターが言うことを聞かなくなったんでドーンとやるけれども、でもイランがいるから生殺しにする。
青木:
とどめまでは刺さなかった。さっき言ったように出撃基地がサウジアラビア。サウジアラビアというと、メッカ・メディナという、イスラム教徒にとっての聖地があるところです。そこにキリスト教徒のアメリカやイギリスというキリスト教徒の軍隊が進駐したわけですよ。これが実はイスラム世界に大きな反発を招いた。
イスラム教徒の人たち、キリスト教徒の軍隊といったら必ず思い出す言葉がひとつある。十字軍なんです。そんなの昔の話だろうと思うじゃないですか。第1回の十字軍が1096年だから今から900年前ですよ、800年以上前。だけどイスラム世界の人たちは忘れてないんです。あれで我々はめちゃくちゃにされたと。
実際に十字軍の遠征って11世紀から13世紀まで、大きいものだけで7回あるんです。これが数々の虐殺をやってるんです。その記憶というのはいまだにイスラムの人たちは忘れてない。
中島:
本当に大変なことをしたら1000年の時を経て忘れられないということなんですよね。
青木:
そうなんです。ついでに言っちゃうと、カタールでワールドカップがあるでしょ。
中島:
サッカーワールドカップです。ワールドカップといえばサッカーというふうな認識で、ブラジル系ですから。いやいや、ヨーロッパ系ですけどね。
青木:
イングランドの代表が行ったらどうなるかという話なんです。イングランド代表のエンブレムってスリーライオンズですね。あれは第3回十字軍をやったリチャード1世という国王のシンボルなんです。そのエンブレムを胸にしてイングランド代表というのはイスラム圏に行けるのかなという。ちょっと余談ですけどね。
中島:
余談になりました。だからそれだけ、サッカーの話になっちゃったのですいません。しかもそれで時間が来たという。そんなことを言ったら1982年のワールドカップのときのフォークランド紛争みたいな、そういう話も。
青木:
それだったら良いですね。
中島:
それもまたいずれやります。
青木:
この話だけカタをつけておきましょうかね。結局そういう聖地を含むサウジアラビアにキリスト教徒の軍隊が進駐しちゃった。これに多くの反発が生まれ、大きな反発心を感じたのがオサマ・ビン・ラディンという人だったんです。ちなみに彼のお母さんはパレスチナ出身。パレスチナといえばイスラエルから占領されてきた。その背後にはアメリカがいた。このあたりでオサマ・ビン・ラディンはイスラエルに対して、さらにはイスラエルの背後にいるアメリカに対して「ただじゃおかん」と。90年代に入ったときから綿密に大きなテロ計画を準備しています。それが現実のものになったのが2001年の9月11日だった。
中島:
9・11ということですよね。
青木:
この中近東の地域って、最初はイギリス、次にアメリカ。そして100年前からロシア・ソ連。こういった国々にずっと翻弄されてきたんです。そういった連中のいろんな動きが今の対立の基盤になってきている。
ということを踏まえると、この中近東地域のいわゆる平和、和平の構築のために、アメリカが介入していっても、ロシアが介入していっても、イギリスが介入していっても、なんらかの利害関係を持った勢力がいるわけです。そういう中でそういうのがない国がひとつだけあって、これは日本なんです。
日本という国は、たぶんこの番組をご覧になっている皆さんが思っている以上に大国です。たぶん皆さんが思ってらっしゃる以上に、特に中近東地域では信頼感があるんですよね。しかも侵略した経験がないので、あの地域に。だから非常にニュートラルな立場、しかも尊敬された立場であの地域には介入ができるわけです。そういったことを日本政府、特に外交関係の皆さん、意識して発信していただきたいんですよね。
中島:
安倍さんがイランに行きましたけれども、結局そこのところも日本ができることがあるというふうにいろんな国が、イランも思ったしアメリカも思ったから、あの真ん中で行ったんですもんね。
青木:
イギリスの首相があそこに行って安倍さんみたいな歓待を受けるかって、受けないんですよ。日本だからこそなんですよね。そのへんを踏まえて積極的に発信してほしいなっていつも思ってるんですよ、僕。
中島:
そうですね。
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