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ハマス・イスラエル戦争(1)パレスチナ問題、対立の起源【青木裕司と中島浩二の世界史ch:271】

更新日:2023年10月21日



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。

(前回の記事「歴史漫才 稲尾和久」はこちら


中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。チャンネル登録者数が1万人を超えました。ありがとうございます。


青木:

ありがとうございます。

中島:

これからも皆さんの少しでもお役に立てれば。やっぱり歴史を勉強することによって、今後どういうふうに我々が対応していけば良いかというのが見えてきますよね。


青木:

そうですね。今のあり方と未来のあり方ね、これは歴史に学ぶしかないので。


中島:

そうなんですよね。で、大変なことが起きました。


青木:

いやー、今日の収録は10月16日月曜日なんですが、これ今日の朝日新聞なんですけども、ガザ地上進行、イスラエル軍が準備が整ったと、そのタイミングを図っていると。ガザに地上軍を大規模に派遣するその準備をやってるんですね。いつ侵攻が始まるかということを世界が固唾を飲んで見つめているという状況なんですけども。


中島:

これひとつだけちょっと言っておきたいのは、どうしても日本にいると国際ニュースがなかなか伝えられないので、今回ガザ地区を治めているハマスという人たちがテロ攻撃をして大変なことになった、これは本当に国際的に許されざるべきことだし、大変な被害が出たんです。ただ、実はその前にもずっとちょこちょこちょこちょこあったということが日本ではなかなか伝えられていないままに「急にそんなことやりやがったんだ、なんだと」という、こういう見方は非常に危険ですよね。

青木:

そうですね。昨年2022年だけでもパレスチナ人100人以上が衝突で亡くなっているし、今年の上半期も現地にいる人たちは最悪の事態が近づいているみたいな、最悪の事態が起こり続けていると。衝突して人が亡くなるというのが日常茶飯事なんですね。


中島:

そうなんですね。だからといってじゃあテロが肯定されるかというとそうじゃないということはもちろん言っておいたうえで、このイスラエルという国が建国して、第二次世界大戦のあと、その前の第一次世界大戦のときからイギリスの三枚舌外交という話をずっと、パレスチナ問題というところで大人の世界史チャンネルで検索をかけていただくとそれがずらずらと出てくるので、それを復習していただいても良いんですが、今回改めてこのイスラエルとパレスチナの問題、および、今どうなっているのかというところまで行きたいなと。


青木:

特にガザ地区ですね、問題の。ハマスの人たち、どういうことなのか、どういう人たちなのかみたいな話を含めてやっていきたいと思います。

まず今の状況なんですが、10月7日に攻撃が始まりました。ガザ地区を実行支配しているハマスがまわりを取り囲んでいるフェンスを破って、一部は徒歩で、あとオートバイ、それから自動車、一部パラグライダーまで使って十数箇所でイスラエルの本国に侵攻していったんですね。イスラエル本国の領土が攻撃されるというのは第四次中東戦争以来50年ぶりということで、イスラエルも今はネタニヤフ政権という政権なんですけども、非常に動揺していると。戦いも1週間以上続いてるんですけども、現在までに、現在というか10月14日までの統計なんですけども、双方で3600人以上の犠牲者が出ていると。パレスチナ人側に2200人、イスラエル人、ユダヤ人側に1400人。これそれこそさっき言った第四次中東戦争、1973年、このときはエジプトとシリア対イスラエルという国と国との激突の全面戦争なんですね。そのときのイスラエル側の犠牲者が2800人なんですよ、その半分。だからいかに今回の衝突が規模が大きいか。

だいたいこれまでのイスラエルとパレスチナ側、あるいはアラブの側の戦いというのは犠牲者の割合が1対5から1対10なんです。

中島:

これちょっとおさらいしておくと、どうしてもパレスチナというところ、これ実はイスラエルの中のほんの一部で、国としても自治政府というところで、軍事力も圧倒的にイスラエルのほうがすごくて。


青木:

それはもう比べものにならないです。


中島:

言う人に言わせればメジャーリーガーと少年野球が試合するようなものだよというぐらいの差があるってことですね。


青木:

特に地上戦闘となった場合、大砲の数、戦車、装甲車両、少なくともハマスにしてはほとんど持ってないんですよね。ほとんどロと言って良い。一方でイスラエルというのは軍事大国で、世界で15番目の軍事大国なんですよ。人口が今900万人ぐらい。ただこれ皆さん誤解なさってるんだけども、イスラエルというのはユダヤ人の国、確かにそうなんです。でも住んでいる人たちが全部ユダヤ人じゃないんですね。

中島:

実はアラブ系の人たちもごく稀、少数では


青木:

いや、ごく稀じゃないです。きちんとした統計を取ったのが10年前なんですけども、そのときの人口の1/5はアラブ人。


中島:

1/5もですか。


青木:

そうですよ。


中島:

ごく少数というふうに聞いてましたけど1/5。


青木:

1/5。だからごくごく普通にイスラエル国内にアラビア語をしゃべり、イスラム教を信仰してる人たちっているんですね。だからそれはかなり大きな誤解で。


中島:

そういう中でなんでこんなことになっちゃうのかなというところですよね。


青木:

冒頭に中島さんもおっしゃったように歴史を振り返って、ハマスという組織がどういうふうにできてきたのか、どういうふうに変わっていったのかとか、そういった点をお話していこうかなと思うんですよね。

まず舞台になっているイスラエル、それからヨルダン川西岸地区とガザ地区ですね。イスラエルを含むこのあたりの地域をだいたい昔からパレスチナと呼んでいて、だいたい広さがこの色付けしたところ、トータルで3万平方キロメートル。九州よりちょっと狭いぐらいですかね、四国よりちょっと広いぐらい。今イスラエルという国があるところ、広さがだいたい2万2000平方キロメートル。ヨルダン川西岸地区がだいたい6000平方キロメートル。日本で言うと茨城県とだいたい同じぐらいですかね。

ガザ地区。狭い地域で、広さが365平方キロメートル。東京で言うと山手線の中の半分ちょっとぐらいですかね。僕ら福岡からやっていますけども、福岡市とだいたい同じぐらいの広さです。そこに現在220万人その人たちが本当にひしめき合う形で住んでらっしゃるということなんですね。

なんでこんなふうにアラブ人居住地域とイスラエルが別れたのか。先ほど言ったようにイスラエルの本国の中にも約200万人の実はアラブの人たちがいるんですけどね。とにかくイスラエルという国の建国から確認をしていきたいと思うんですね。

イスラエル建国、第二次世界大戦後の1948年。もともとパレスチナの地域、この地域にはいわゆるパレスチナ人と言われる人たちが住んでいたと。パレスチナに住んでいるからパレスチナ人だと。じゃあどげな人たちかというと、アラビア語をしゃべるイスラム教徒が多数派であったということですね。そこに今から75年前に忽然とイスラエルという国ができたわけですね。

イスラエルを作った人たち、ユダヤ人なんですが、ユダヤ人というと第二次世界大戦中にナチスドイツから壮絶な虐殺を行われて、一説には600万人のユダヤ人が殺されたと。そういうことでユダヤ人に対する世界的な同情、これが集まっていたんですね。あの人たちが昔住んでいた地域に国を作りたいと言っているから、じゃあ作らせてあげようじゃないかと。これについてはアメリカ合衆国も、そのアメリカ合衆国と対立していたソビエト連邦も基本的にOKだと言ったんですね。1948年にイスラエルが建国される。ただしそうなるとそこに長年住んでいたパレスチナ人たちは追い払われることになるわけですね。


中島:

そういうことなんですよね。もともと住んでいた人たちが「え?ここ違う国になるの?」ということになるわけですね。


青木:

一応当時の国際連合がパレスチナ分割案というのを示して、長年住んでいたパレスチナ人とユダヤ人に分けてあげましょうと。

ただイスラエルの連中は、ユダヤ人はなんて思ったかというと、なんで全部じゃないんだと。同じようにパレスチナ人はなんで半分失うことになるんだと。ちなみに当時パレスチナに居住しようとしていたユダヤ人の数って60万人なんですよ。これに対してアラブ系のパレスチナ人の数って130万人なんですね。ところが分割されて、パレスチナ人というのは従来の居住地域の半分に押し込められてしまうと。これを不満に思ったパレスチナ人と近隣のアラブの国々、同じイスラム教の苦境を見過ごすわけにはいかんと、「イスラエルは侵略者だ」「ユダヤ人は侵略者だ」というので、1948年にいわゆる第一次中東戦争、通称パレスチナ戦争というのが起こるんですね。これは双方に大きな犠牲が出ました。ちなみに動員されたイスラエル軍がだいたい14万人、そこで戦ったアラブ諸国の軍隊、エジプト、ヨルダン、シリアが中心なんですが、トータルで70万人で激突した結果、イスラエル側の死者が7000人。これまでイスラエルがやった戦争の中で最大の犠牲ですね。一方でアラブ側にも4000人の犠牲者が出ていると。

イスラエル側は兵隊の数も少なくて犠牲も大きかったんだけども、アメリカが全面的にバックアップしたんですよね。ちなみに1948年と言いますと、アメリカ合衆国の大統領選挙の1年前で。


中島:

結局このアメリカという国に、皆さんもご存知のように、ユダヤの人たちって昔から歴史的に見て自分たちの住む国がなかなかないからいろんな国に住んで、いろんな商売をして、そんな中で経済的に豊かになっている人たちが政治にも食い込んでいたということですよね。


青木:

そうですね。特にアメリカのユダヤ系、ユダヤ系のいわゆるアメリカ人、政界でしょ、それから財界、一番目立つのは学会ですね。今映画になっていますがオッペンハイマー、原子爆弾を作った人。あるいは原子爆弾を作ったほうが良いですよと言ったアインシュタイン。こういった人たちというのが基本的にユダヤ人ですよね。

中島:

それから実はさっき映画とおっしゃいましたけど、映画会もわりとユダヤの人たちの資本でということですよね。


青木:

そうですね。あとマスコミね。こういったユダヤ系アメリカ人。アメリカという社会の要所要所にいるユダヤ系アメリカ人を支持基盤にしないとなかなか大統領に当選できないということもあって、当時のトルーマン大統領、その人が建国間もないイスラエルを全面的にバックアップ。

これがやっぱり効いてイスラエルという国はなんとか勝利を収めることになる。

結果、もともと国連分割案でパレスチナ人の人たちにあてがわれていくはずだった地域の多くが実はこのときにイスラエル側に奪われてしまう。削られちゃったんですね。従来の分割案よりも狭い狭い地域にアラブ系の人たちが押し込められることになったと。

こういった人たち、それから近隣のアラブ諸国に散らばっていった人たちもいて、こういった人たちのことをいわゆるパレスチナ難民。人口的には70万人から100万人に達するんじゃないかと言われてるんですね。

このことをパレスチナの人たちはなんと呼んでいるかいうとナクバ、アラビア語で。これは「大破局」と。我々の生活を根本的に崩してしまった大きな破局だったと。同じこのナクバという言葉がガザ地区のパレスチナ人の間で今言われてるんですね。

とりあえず今日は前史ということでイスラエルの建国までお話をいたしました。








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