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執筆者の写真順大 古川

中近東各国の歴史(5)トルコの現代史【青木裕司と中島浩二の世界史ch:291】



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。


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中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして世界史の青木先生です。よろしくお願いします。


青木:

お願いします。


中島:

中東が今ずっとやっているんですけれども、最後トルコと。


青木:

これまではイランをやって、サウジアラビアをやって、最後はトルコですね。この国はいわゆるイスラム教を国の中心としている国としては珍しいんですよ。一番珍しいのはなにかというと建国以来100年間政教分離を掲げてやってきた。国民の大多数もほとんどイスラム教徒なんだけども、政治的指導者もイスラム教徒なんだけども、それはそれと。政治経済は別だよと。


中島:

ほとんどのイスラム国家が経典、コーランを自分たちの生きる指針とし、それに基づいて国づくりもしているんですけどもトルコはそうじゃないと。


青木:

はい。むしろ政治家がコーランの章句をたとえば演説で使ったりすると法律違反になるんです。そのへんはなにが背景になったかというとトルコという国の場所、ロシアのすぐ南側、アジアとヨーロッパを結ぶちょうど一番交通上のポイントだったので、ヨーロッパの国々からさかんに侵略を受けた歴史があるんです。



侵略を受ける中でやっぱりヨーロッパって強いよなと。イギリスもフランスもそうだしロシアももちろん強いし。ああいったところから学ぶものがいろいろある。いわゆるヨーロッパに学んで近代化をやるときにイスラム教の教えというのが邪魔になるんじゃないかなと。そういうふうな判断がどうもあったらしいんです。


中島:

近代化にとってはちょっとというところですね。


青木:

そうですね、必ずしもイスラムの教えとはそぐわないみたいな感覚がどうもあったらしいんです。さっき言ったように政教分離というのを掲げながらこの100年間国づくりをしてきたわけです。その中心人物がケマル=パシャという人で、ちょうど去年、2023年がトルコ共和国建国の100周年。



たぶんもうそろそろ試験があるんだけども、国公立の二次試験でもトルコの歴史というのが世界史で出るんじゃないかなと私は思っていたんです。この人がさっき言ったように政教分離を国是として国づくりをやってきた。たとえば暦、イスラムの暦というのは基本太陰暦、お月様の満ち欠けを基準にして時を刻んでいくわけです。だから1年が354日なんです。ずっと我々が使っている太陽暦からするとずれていく。それから婦人参政権、女性参政権、1934年に認めちゃったんです。国を作って10年後には女性にも参政権を与えると。

日本、戦後でしょ。フランスも戦後なんですよね。からすると、いわゆる近代化を成し遂げた日本とかフランスなんかよりも女性参政権については早いんです。


中島:

なので近代的というか、革新的というかですね。


青木:

そうですよね。もうひとつ、近代化を推進していくためには国民の教育水準のアップが必要になってくると。イスラムの国々ってアラビア文字じゃないですか、めちゃくちゃ複雑で難しいでしょ。我々も漢字という非常に複雑な文字を使っていて、これがともすれば識字率アップにとってマイナスになるんじゃないかと。毛沢東なんかは漢字を廃止しようかみたいなことをやったことがあったんです。さすがにそれはできなかった。ところがケマル=パシャはこれをやっちゃうんです。どう考えたって我々がこれまで使ってきたアラビア文字よりもローマ字のほうが簡単じゃね?って。



中島:

トルコの文字ってそうなんですか。


青木:

そうなんですよ。トルコ民族自身もいろいろ複雑な文字を持っていたんだけども、それじゃあ識字率のアップにつながらないと。ABCって簡単じゃないですか。


中島:

26文字しかないわけですよね。


青木:

これを国民に伝えていく。文字改革というのをやっていくんです。そのときの写真が多くの教科書に実は載っているんですが、ケマル=パシャ自身が、国家元首自身が黒板を掲げて村々を歩いていくんです。村人を集めて「君、出てこい。君の名前なんていうんだ」「青木といいます」「じゃあ君の文字を、名前を書いてみよう」「AOKI」なんて簡単じゃないですか。2、3回練習して、「はい、青木くん、じゃあ書いてこらん」と、書けるわけですよ。するとケマル=パシャが大きな花丸を与える。


中島:

国民にとってはうれしいですよね、国家元首がということですから。


青木:

英雄ケマル=パシャに褒めてもらったって、そしてつい10分前までたぶん彼らは文字と無縁な生活をやっていたんです。ところがその人たちが自分の名前を文字で書ける、この達成感。その達成感に満ちた顔を見て村人たちも「俺も俺も」と。たぶんケマル=パシャって予備校の教師としても成功していたんじゃないか。やる気になるには達成感が必要なんですよね。そのへんもうまくこの人はわかっていたというか、近代化を進めていくわけです。近代化という名前の工業化。



ところが、これは日本もどこでもそうなんだけども、工業というのは都市が中心じゃないですか。なおかつトルコという国家の中で一般組織としてしっかりしているのは軍隊なんです。ケマル=パシャ自身も軍人で軍の司令官だった。軍隊というのが国を守るだけではなくて、近代化の中心組織になっていくと。これはアジア・アフリカの国々の多くはそうですよね。タイだってビルマ・ミャンマーだってインドネシアだってみんなそうなんだけども、近代化、経済の発展の中軸勢力というのが軍隊であると。その軍と軍関係者、プラス地域でいうと都市が近代化の中心になっていく。言い換えると農村部はなかなかその恩恵が行き渡っていかない。工業が発展した国の多くでそうだったように、貧富の差というのがだんだん激しくなっていく。その貧富の差がイコール都市と農村の貧富差、これにつながっていくわけですよね。

そういったものに対する見直しというのが戦後始められていくわけ。特に1985年、今から40年近く前ですね。1985年ぐらいの段階で農村人口と都市人口が逆転を始めるんです。それまではトルコもなんだかんだ言って農業中心の国で農村人口のほうが多かった。ところが工業が都市で発展する中で、日本もそうですよね、都市化がどんどん進んで農村人口が少なくなっていく。農村に住んでいた人たちというのは近代化の恩恵をあまり受けていなかった人々で、なおかつ政教分離とは言われてもねと。イスラムの伝統を重視するような人たち、伝統的な考え方の人たちが多かったわけです。そういった人たちが満たされぬ気持ちを持ったまま都市に流れていくわけ。するとそういった人たちを支持基盤にして台頭する勢力が出てくるわけ、これが今のエルドアンさんたちなんです。



エルドアンが率いている政党の名前、公正発展党というんです。発展は大事だよ、でも公正にフェアにやっていこうよと。さっきも言ったようにこれまでのトルコの発展って都市が中心で軍隊中心だっただろう、農村は打ち捨てられてきたよね、これっておかしくないですか?これが都市に流れていった旧農民の人たち、このハートを掴むわけ。そういった人たちの支持を集めて彼は1990年代にトルコ最大の都市であるイスタンブールの市長に当選するわけです。それを踏み台にしてと言ったらちょっと失礼だけど。


中島:

それをステップにしてということですね。


青木:

トルコの国家元首に登り詰めていくわけです。これまで100年間どちらかというとあまり顧みられなかったイスラムの伝統みたいなものを強調しながら彼はこの10数年間政権を担当しているわけです。イスタンブールに有名な建物があって、これはもともとキリスト教の寺院だった聖ソフィア聖堂といって、これは世界史の教科者に必ず載っている聖堂なんです。それを15世紀にオスマン帝国というイスラム教の国が支配する。モスクに変えるんです。ところがそのモスクをケマル=パシャが宗教性をなくそうというので博物館に変えちゃうんです。その博物館に変えられたモスクがエルドアンさんの元で再びモスクとして姿を変えたわけです。これはそれこそこれまでのトルコの100年間の歴史というものをある意味ひっくり返すような大きな動きだったわけ。


中島:

エルドアンさんってわりと強権というふうに言われたりだとか、新しい法律でエルドアンの悪口を言ったら罰せられるみたいな。


青木:

漫画を描いたら逮捕されたりするんです。それはやりすぎや。


中島:

通常のイスラム国家だったらそういうこともありうるんだろうていうふうには思うんですけど、わりと開かれたイスラム教の国という印象があるので、そんなことをやっちゃうんだ。


青木:

強権的で、ひとつは強権にならざるをえないのは、トルコって少数民族がたくさんいて、その少数民族のひとつがいわゆるクルド人なんですね。



クルドの人たちというのはイランに対してもイラクに対しても分離独立運動というのをずっとやってきたわけです。それをトルコ政府もイラン政府もイラク政府も徹底して弾圧をしてきた。弾圧をするためにはエルドアンさん、軍隊との協力が必要じゃないですか。これまで政教分離で近代化を進めてきた軍隊をコントロールしてやっていかないかん。軍をコントロールするのは大変じゃないですか。どうしても強権的にならざるをえない。

一方でこれからのトルコの発展のためには技術や資本を呼び込む、あるいはマーケットとしてもEU諸国との友好関係って必要なんですよ。どうもゆくゆくはEUに入りたいみたいな気持ちがあって、ただEUに入るためにはひとつ大きな関門があってなにかというと、死刑制度を廃止しなくちゃならない。それまではクルド人の武装勢力に対抗するためにも死刑制度は必要だったんだけど、エルドアンさんはやめちゃうんです。


中島:

じゃあ着実に準備を進めているということですね。


青木:

ということですね。ただ、なかなか人権感覚がヨーロッパ諸国とは違うので、なかなかそこはうまくいかないんだけども、今後のトルコの発展のためにはもちろんイスラム世界における盟主のポジションみたいなものを欲しがっているきらいもあるんだけど、一方でやっぱりEU諸国との友好関係ですね、そこでなかなか、両方に良い顔をしながら。


中島:

舵取りが難しいということですよね。


青木:

難しいと思うんですよね。なおかつ国内における農村と都市の対立、イスラムを重視する人たちと、言い方は悪いけどもこれまでイスラムをどっちかというと軽んじてきた人たちとのバランスというかね。そういう複雑な対立構造の中で10数年間も政権を維持しているので無能な政治家じゃないですよね。


中島:

だと思います。選挙も危ないかなというふうに言われたけれどもちゃんと当選して、ウクライナとロシアのときに仲を取り持とうと一応やったりだとか、そういうこともあるので、「え?トルコが?」って最初名前が出てきたときは思ったんですけれども。


青木:

やっぱりトルコは大国ですよ。


中島:

だと思います。


青木:

人口も8000数百万人で大きな人口を持っているし、ポジションですね、なんと言っても。いろんな国々との友好関係がなければやっていけないようなポジション、地理的なポジションにあるのでね。


中島:

そうなんですよね、地政学的にそういうところですよね、アジアとヨーロッパの要衝だったりとか。


青木:

2年前にウクライナとロシアの戦争が始まったときに国際的ポジションを高めるためにトルクは仲介の労を取ったという解釈があったんだけど、違うって。


中島:

そうじゃないんですね。


青木:

もっと切実なものがあるんですよね。あそこでドンチャンやってもらうと、ドンパチやってもらうと、トルコにとってプラスはひとつもないんですよ。ウクライナ戦争もなかなか終わらないんだけど、あの問題を収集するにはトルコの役割というのは決して小さくはない。できればプーチンに顔がきく習近平あたりと連携しながらできないのかな、なんとかできないのかなという気はちょっとしてるんですよね。


中島:

また今中国が力を落とし始めて、そして大統領選挙を前にナワリヌイさんがあんなふうな亡くなり方をしてという、これはもう本当に。



青木:

びっくりしましたね、ちょっと話がずれるけどね。


中島:

国際関係って地政学的なところ。やっぱり地図を見ながら歴史というのも一緒に見ていかないとわからないということですね。


青木:

おっしゃったように地図を見たらある程度見えてくるものって必ずあるんですよね。


中島:

ということです、トルコでした。


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