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【目次】
・遷宮
受験生からの質問と回答集です。
今回は下書きの下書きです。機会をみて、まとまった文章にします。
初期荘園を荘園領主が直接経営してるっていうけど、これって国司と郡司の協力を得てるから間接経営じゃないんですか?
国司の協力→荘園を作る(開墾する)には国司の許可が必要だったという意味 郡司の協力→地元の人々を集めたりするのに、元国造の郡司の協力が必要だったってこと 経営は貴族や寺院が中央にいながら、田使という使者を直接派遣して、現地に派遣された田使が開墾や田植え稲刈り、徴収などの指揮をしていた(寄進地系荘園にはこういうことがない)
日本史の論述に解答する際、150字ぐらいなら何を書けばいいか分かるのですが、そこからの増やし方が分かりません。 論述を解く際何を入れたらいいか、何を気をつければいいかアドバイスをお願いします。
論述の基本は、原因と結果を示すこと。
基本パターンは以下の通り。 AだからBになった。(背景・原因→結果・影響) Aだから(Aを解決するために)Cをした。(背景・原因(目的)→行動) Cをしたら成功した/失敗した。(行動→結果) CをしたらDになった。(行動→影響(≒Cの意義)) あと、EとFを比較する問題もある。初期荘園と寄進地系荘園を比較せよ、とかね。
設問で問われたことに対して、以上のような因果関係を説明できていたら、字数は満たされているはず。 それでも字数が足りていないときに、いたずらに字数を増やそうとするのは得策ではない。 字数を増やしても点数にはつながらないから。
上の因果関係に加えていいのは、例示(を一つ)といったところ。 例えば、 ①◯「7~8cに天皇は、先帝の死のケガレを避けるため、一代ごとに遷都した。」 ②◎「7~8cに天皇は、孝徳天皇が難波宮に遷ったように、先帝の死のケガレを避けるため、一代ごとに遷都した。」 ③☓「7~8cに、A天皇は~に遷都した。B天皇は~に遷都した。……」」 ※自分で書いていてなんだけど、孝徳天皇の先帝の元皇極天皇は生きているから、今回の例示としては不適切だったね。
基本的に、①のように事実とその理由をしっかりと示すことが大事。 字数に余裕があれば、②のように具体例を示しておくと、論が引きしまるし、教科書レベルの知識をおさえていることが伝わる。なお、ここまでの要素は、基本的に加点要素となる。 ダメなのが、③のように細かい知識をとにかく羅列して字数をかせごうとすること。 大学側からみれば、受験者の知識量をみたいだけなら、わざわざ論述とかいう、採点者側もめんどくさい試験を課したりはしない。 歴史の流れを因果関係で説明する能力が、受験者にあるかどうかをみたいからこそ、論述試験を課しているのです。 細かい知識は点数にならない。因果関係の説明が点数になる。 と肝に銘じておきましょう。
最悪なパターンが、加点要素にもならない細かい知識をわざわざ披露して、採点者の心象を悪くしたあげく、事実関係に誤認があって減点されることです。 一橋の場合は、問題形式が特殊だから、書けるところをしっかりと書いて、字数を伸ばしにくいところは素直に少ない字数でとどめておくことです。どうせ、小問3~4問のうち、一個はムチャブリ問題ですから。あそこは。
7〜8cにかけて天皇が遷都をしているのですが、それは何か意図があってのことですか
考え方が逆な感じ。 天皇(大王)はもともと、親と一緒のハウス(宮)には住まないものなんです。死のケガレもあるし、親が死ぬ前に子が自立することも多いしね。別の所にマイハウスを建てるものだったんです。飛鳥浄御原宮以前は、「宮」であって、「京」じゃないでしょ。 それを、中国のマネして町も一緒になった大規模な藤原京とか作り出したから、親と一緒の内裏とかに住み続けるハメになった感じです。 自分に当てはめてみてください。オヤジが使っていた高級な品物とか宝石は、自分が受け継いで使うかもしれませんが、オヤジが使っていた(ケガレた……とまで言ったらいい過ぎですが)お箸とかヒゲソリとかは使わないで捨てるでしょ。大金持ちの大王にとってハウスだけの建て替えなんて造作も無いことなんです。死んだ親のハウスってのは、当時使いたいものじゃなかったんです
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