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パワハラだめ、ぜったい 桂太郎: 総理大臣列伝【誰も得しない日本史】

第1次桂太郎内閣は、1901年(明治34年)6月2日に発足しました。

ホントは井上馨が次期総理意候補となっていたんですが、大臣の人事に失敗して組閣を辞退したという事情がありました。第4次伊藤博文内閣総辞職後のことでした。

というわけで、山県閥の後継者であり、官僚や貴族院、そして軍部を掌握していた陸軍大将桂太郎が組閣することになりました。

 


 

 

桂太郎は、若いときは長州藩の藩兵でした。18歳のときに、奇兵隊にいた山県有朋に出会いました。そして、山県有朋に目をかけられることになります。ちなみに、桂太郎の浮気相手の鯉ちゃん(芸者)を紹介したのも、山県有朋でした。

ヤング桂太郎は戊辰戦争で手柄を立て、その軍功で得た賞典禄を元手にドイツに留学しました。

あと、なにげに桂太郎は、二度も妻に先立たれています。

 

 

陸軍閥で元老ということで、桂太郎にいいイメージをもっていない人も多いかもしれません。

でも、表面的なイメージや、出自・立場だけで、人を判断するのよくないですよね。

よく調べてみましょう。すると、、、桂太郎は温厚で、八方美人と言われてた伊藤博文でさえ、桂を「十六方美人」と評したそうです。桂太郎の二つ名は「ニコポン宰相」でした。これはニコニコ笑って背中を叩くからです。

 

 

《英訳してみよう》

 

お前がことわることのできないオファーをする。

 

 …うん。今ならセクハラ・パワハラ事例ですね。いい話になりませんでした。はい、解散。

 

 

 

《英語訳》

 

I'm gonna make you an offer you can't refuse.

 

 

英文は、ブライアン・レイス『DARK HORIZON 1』(トランスワールドジャパン)を参照しました。

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