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魘夢の夢:6巻【誰も得しない日本史】



Nothing will make me happier than to die a

s I dream!

夢を見ながら死ねるなんて幸せだよね



無限列車に乗り込んだ炭治郎たちを血鬼術で眠らせた魘夢は、列車の屋根の上で一人、冒頭の言葉をつぶやきました。

魘夢の作戦では、眠っている炭治郎たちが幸せな夢を見ている間に、無防備な精神の核を攻撃するというものでした。

ということは、冒頭の言葉で夢を見ながら死ぬのは炭治郎たち鬼狩りのはずですが、英語版では、死ぬ主体は”you”ではなくて、”I(me)”、すなわち魘夢自身です。これは違和感があります。英語版の解釈でいくと、魘夢の夢や幸せ(鬼としての目的)とは、夢を見ながら死ぬこととなります。

しかし、以下で第6巻の魘夢をみていくように、魘夢の夢は無惨からさらに血を分けてもらうことだったはずです。

I am in a dream!

初めて登場して、無惨に殺されかけたときの魘夢は、夢見心地(I am in a dream!)でした。

なぜなら、魘夢は他人の不幸や苦しみを見るのが大好き(I revel in the misery and suffering of others.)で、無惨のパワハラ会議のおかげで他の鬼たちの断末魔を聞くことができたからです。

ここで、日本語版だと「人の不幸や苦しみ」だったところを、英語版では” misery and suffering of others(他者の不幸や苦しみ)”と訳しています。細かいですが、魘夢は人間の不幸も鬼の不幸も大好きだということを表現しているわけです。

そして、魘夢は人の不幸や苦しみを「夢に見る程好きなので」と言っていますが、その英訳は”I relive it in my dreams each night.”です。禰豆子もそうですが、『鬼滅の刃』において、鬼は寝る生き物(?)のようです。

ただし、”each night”に夢を見るというのは、いただけません。

鬼は夜間にしか活動できないので、鬼たるもの、夜は無惨様のために働き、寝るなら昼に寝るべきはずです。鬼が毎晩夢に見るということは、毎日夜に寝ているということです。これは、人間が毎日夢を見るほど昼寝をしているのと同じことです。

鬼は昼も活動できないので、魘夢は鬼狩りを探しもせず、夜も昼もいい夢を見ながら、すやすやと寝ていることが無惨様にバレてしまいました。こんな体たらくでは、下弦の鬼は役に立たないとか、下弦の鬼は解体するとかいって、無惨が激怒するのも分かる気がします。

結局、「私の役に立て」ということで、無惨の血を注入された魘夢は、柱と「耳に花札のような飾りをつけた鬼狩り」を殺してもっと無惨の血を分けてもらうという、人生、、、いや鬼生の新たな目的を手に入れます。この目標は魘夢にとってイヤなものではなく、夢心地なもの(What ecstasy!)であり、これ以降、魘夢はこの目的に向かって無限列車作戦を実行していくことになったはずです。

もちろん、ここでふおおおおおおおーーーーーー!エクスタシー!!!!クロスアウツ!!!!!って叫んだ人は、分かってるひとです。

What a pathetic... ...night... ...mare.

激戦の末、魘夢は鬼狩りに敗北してしまいます。魘夢の最後の言葉を追ってみましょう。

My body is destroyed. I can’t regenerate…

体が崩壊する 再生できない…

Did I lose? Am I going to die? Me?! Ridiculous! That’s ridiculous!

負けたのか? 死ぬのか? 俺が? 馬鹿な…馬鹿な!!

I never used my full strength!

俺は全力を出せていない!!

(中略)

Is it over? Am I going to die?! Aaaaah, what a nightmare!

負けるのか 死ぬのかァ…!! ああああ 悪夢だあああ 悪夢だあああ

(中略)

Even after receiving that much blood, I still couldn’t match the upper ranks.

あれだけ血を分け与えられても上弦に及ばなかった……

I want another shot! I want to do it over!

ああああ やり直したい やり直したい

What a pathetic... ...night... ...mare.

何という惨めな 悪夢… だ…

どうでしょう。普通、魘夢がやり直したいこととは、鬼狩りに勝利して上弦の鬼となることであり、魘夢の悪夢とは負けて死ぬことだと読み取れますよね。


しかし、一番最初に見たように、英語版では、魘夢は

Nothing will make me happier than to die as I dream!

と、(他人の苦しみを見るという幸せな)夢を見ながら死ぬことを願っていたので、死に際のセリフの最後の方の「やり直したい」というのは、もっと別の(幸せな)死に方をしたかったという解釈になります。

冒頭のセリフの主体が変わるだけで、魘夢の最後まで解釈が変わるというのが、英訳の面白さであり、難しさですね。個人的には、冒頭のセリフは素直に” Nothing will make you happier than to die as you dream!”でよかったのではないかと思っています。


※(202012.20)この記事に大幅に加筆して、講談社の「現代ビジネス」に記事を書かせていただきました。gendai.ismedia.jp 








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