高校教科書理解度チェック:近現代1(大学入試論述対策)
- 順大 古川
- 2023年8月19日
- 読了時間: 5分
受験生・学生の質問を受けつています。
質問フォームに質問を送れば、ブログで回答します(できる限り)。
以下の問いに答えられますか。
解答例はページの下の方で。
1. 五箇条の誓文のねらいと、政体書の内容上の特徴を説明できる。
2. 五榜の掲示から、新政府の実態を説明できる。
4. 徴兵令の問題点を説明できる。
5. 四民平等と壬申戸籍の歴史的意義を説明できる。
6. 士族の解体の経過と問題点を説明できる。
7. 地租改正の内容と結果、および歴史的意義を説明できる。
8. 経済活動が封建的規制から解き放たれたことを説明し、なぜ交通や商業の封建的な諸制度が撤廃されなければならなかったのかを説明できる。
9. 工部省による工業基盤の育成について説明できる。
10. 殖産興業政策において内務省がおこなった政策やねらいを説明できる。
11. 教育制度の近代化とその問題点を説明できる。
12. 宗教界の動向全般を説明できる。
13. 文明開化の限界と、地方への浸透について説明できる。
14. 清国との関係を条約の締結と琉球処分の両面から説明できる。
15. 朝鮮に対する対応を、国内政治状況と関連させて説明できる。
【解答例】
1. 公議世論を尊重する天皇親政を掲げて、大名会議による合意形成(=公議政体論)を否定し、開国和親の宣言により攘夷を否定して、明治政府が諸外国との外交権を掌握した。政体書では、多分に形式的とはいえ、三権分立制など欧米的な近代政治の体裁をとった。
2. 五榜の掲示で旧幕府の対民衆政策を引き継いだのは、まだ江戸城へ東征軍が迫っている段階であり、新政府もまだ民衆統治に自身がなかったからであり、また四民平等という近代的な国民観が未だなかったからである。
3. 新政府は発足したが藩体制は存続していたため、新政府は諸藩に領地(=版)と領民(=籍)を天皇へ返還させて知藩事に任命し、新政府が全国の支配権を握った。しかし、徴税と軍事の権は各藩に属していたため、新政府は廃藩置県を断行して知藩事を罷免して東京居住を命じて、府知事・県令を中央から派遣した。ここに、中央集権の政治的統一が完成した。
4. 免役規定が多く、戸主とその跡継ぎや官吏・学生のほか、代人料270円を納めるものは免除されたため、実際に兵役についたのはほとんどが農家の次男以下であった。
6. 華族・士族への秩禄が国家財政の負担となっていたため、1873年に秩禄奉還の法を定めて、1876年には金禄公債証書を与えて秩禄処分を断行した。また、同年に廃刀令を出して士族の特権を奪った。多くの士族は生活に困って没落し、政府も士族授産の道を講じたが、効果はあがらなかった。
7. 地租改正では、地価を課税の基準として3%の金納とし、地券の所有者を納税者とした。これによって近代的な土地制度が整って、政府は安定した収入を確保した。ただし、政府は従来の年貢収入を減らさないように地価を設定したため、各地で一揆がおき、1877年には税率が2.5%に引き下げられた。
8. 政府は関所・宿駅・助郷・株仲間・身分にまつわる制約を撤廃して、土地所有権を確定した。それは、商品の生産や流通が自由にならなければ近代的な自由な経済活動ができないためであった。
9. 産業基盤の整備をおこなう官庁として設立された工部省は、鉄道を敷設して、官営鉱山を経営した。また、軍工廠の拡充に力を入れた。
11. 文部省を設置して、フランスの学校制度にならった統一的な学制が公布された。政府は国民各自が身を立て、知を開き産を作るための学問という功利主義的な教育観を唱えて、国民皆学教育の建設を目指した。しかし、学校の建設費は地方の負担で、授業料などの教育費負担も多く、学制反対の一揆もおこった。
12. 政府が神仏分離令で神道国教化の方針を打ち出すと、全国で廃仏毀釈運動がおこったが、逆に仏教界の覚醒もうながした。政府は大教宣布の詔を出したが、神道国教化は挫折した。新政府は当初キリスト教を禁止していたが、列強の講義を受けて公認した。
13. 古い芸術品や芸能などが軽視されがちになり、貴重な文化遺産が失われることも少なくなかった。また、地方の生活はあまり変わらなかった。農村の変化は遅かったが、やがて近代化の波は交通の発達や新聞(マスメディア)の普及などで、しだいに地方にもおよんでいった。
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